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岩魚とヤマメが釣れるHome Page

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東北岩魚太郎のエッセイ 

2万5千分の一の地図の見方 計曲線50m 主曲線10m 第一次補助曲線 5m  第二次補助曲線 2.5m 

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2005年度 2006年度 2007年度

2005.12.31【大晦日】

2005.12.30掃除】

2005.12.29【小泉政権に思う】

2005.12.28【悪に対する善の原則】

2005.12.27【二千六百円の贅沢】 

2005.12.26【特急が脱線転覆】 

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2006.12.24【Christmas eve(聖夜)】

2006.12.23【日本人の宗教観】

2006.12.22【イウスキリストは全能の神?】 

2006.12.03【私のHome Page】

2006.01.14【代理店】

2006.01.11【豪雪】

2006.01.10【生きる】

2006.01.07【ビジネス・営業戦略】

2006.01.05【初売り絶好調】

2006.01.04【箱根駅伝に思う】

2006.01.03【ブログに思う】

2006.01.01【元旦】

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2007.01.01【2007年の目標?】

2007.01.23【日記】

2007.01.24【岩魚釣りOFF-SEASON

2007.01.27【岩魚と山女魚がいなくなる!】

2007.02.03【解禁間近春の風】

2007.02.16【2月14日バレンタインデー】

2007.03.11【誕生日】

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東京散策

 

2007/03/11

今日は私の誕生日である。世界の人口は60億人と言われているが、1年365日、世界に3月11日の当日は、何人の人が誕生日を迎えるのだろうか?そして年代別にはどのようの構成比率になっているのだろうか?人間の妊娠期間は、平均的な標準は10月10日(とつきとうか)と言われている。私の誕生からさかのぼっては10月10日(とつきとうか)前に、私の両親が生殖行為をして受胎したのかどうかその点は不明であるが、生殖行為によって私が誕生したのは紛れもない事実である。しかし人間を含めこの地球に命を育むあらゆる生命体は、原則として生殖行為に命の継承を行う仕組みになっている。

私の誕生で、命の継承を図った私の両親は、もうこの世にはいない。

私は夫婦で現在のところは健康を維持しているが、私たちも(夫婦)命を継承が終わり現状は命の終焉を待っている状態である。

何処かの大臣発言ではないが、「女は子供を産む機械」の例をとれば、私たち(夫婦)の命の継承は女が二人、その二人には、現在のところ命の継承の見通しはない。

 


2007/02/16

バレンタイン・デー

2月14日間近になると、マイメディアでもチョコレートの話題が取り上げられる。バレンタン・デー

意味は別として、チョコレートの年間消費量の4分の1がこの日に消費されるとの話である。

女性が男性に愛のしるしとして送るメッセージ??
本来生物学的には、雄の求愛に対して雌が雄の選別をして愛が成立するというのが人間以外の動物の神が与えて仕組みである。雌が雄にチャレンジすることは絶対ないのである。
雌が発情すると、Hができますよといって媚び(臭いや行動)をうり複数の雄を集めて、その中から一番気に入った雄を選別して子孫繁栄の行動を起こす。
人間社会では、雄雌同権(男女同権)になっているらしい。そうであれば、女性が1年に1度、2月14日に男性にたいして愛を告白できる公の日?を定めなくともよいのでは?
古くって今は死語になっていますが、「戦後強くなったのはストキングと女性」とかつてはいわれていました。
いまさら2月14日に愛を告白しなくてもよいのでは?
それよりホワイトデーと称する日を、男性が女性に対して愛を決別する日としては如何?


 

2007/02/03

岩魚(イワナ)山女魚(ヤマメ)の釣りがOFF-SEASONだから・・・
東北地方大半の渓流日は3月21日か4月1日である。関東地方の解禁日は群馬県と栃木県を除き、埼玉県秩父地方を流れる「荒川」の解禁は3月1日である。関東地方の春の訪れる風物詩として、解禁を待ちわび釣り人達の姿が報道される。決まってニュースのその映像では、山女魚(ヤマメ)である。荒川漁協は、岩魚(イワナ)と山女魚(ヤマメ)を放流しているのだが、タモに銀輪を踊らせている渓流魚は、何故かしら美しいパーマークのついた山女魚(ヤマメ)の映像である。山女魚(ヤマメ)は渓流の女王と言われる所以かもしれない。3月1日にその報道がNHKから流れると、春間近であるとこを感じ、いっせい4月1日に解禁されるまだ雪深い東北の渓に思いをはせる。
今日は2月3日である。9月21日にいっせいに禁漁になった渓流は、この2月で5ヶ月を経過、そして後約2ヶ月で待望の解禁を迎える。
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2007.01.27

渓流に「岩魚と山女魚がいなくなる!」と100年後には人類滅亡危機?
環境問題が大変です。
世界的規模で地球に異常気象が起こっている!と報道されています。我が日本国も例外ではないのです。気象にはど素人の私でにでも、暖冬、冬の季節は太平洋側はからからお天気なのに、今年はこの時期から雨や曇りのお天気が続いています。
このまま地球規模で暖冬が進むと、北極や南極の氷河や永久凍土が溶け海面が5b上昇し陸地面積が減少、外気の真夏の最高気温が40℃近くまで上昇、したがって水温も上昇して、川の水温20℃近くに上昇、岩魚が生息出来る条件は、川の水温が15℃以下でないと死滅します。
この提言は不謹慎だと思いますか?人間と岩魚とどちらが大切なのかと言うと、現時点では岩魚の生息維持がもっとも大切なのです。
北極熊が温暖化で絶滅の危機!岩魚も川の水温の上昇で絶滅の危機!動物や魚の生態系が維持出来なくなるとことは=岩魚と山女魚がいなくなる=人間の生存にも危機!!なのです。このまま温暖化進めば、現在大人であるあなた その子供 その子供の時代に人類は絶滅の道を一歩踏み出すのか???
私は地球の環境問題を、日本の源流「天然岩魚の生息する環境」を身近な問題として考えます。水は命を育む原点です。

 


2007.01.24

岩魚釣りOOFF-SEASONだからの日記

企業倫理=不二家の嘘の品質管理、テレビ局、あるある大辞典のうそうそ大辞典納豆、ゼネコンの談合決別うそうそ決意表明で大阪地下鉄工事の談合疑惑、どうなっているのでしょうか???

昔の人は言いました。嘘つきは泥棒のはじまり(現代社会は死語)。「天に誓ってやってない」と言ったのは、保釈金600万円を払って拘置所を出た痴漢疑惑の元大学の教授。そこで正直に提言します。岩魚と山女魚が釣れるHome Pageに嘘はありません。


2007.01.23

日記 

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』よると、日記(にっき)とは、日々の出来事を記した記録で、今日では文学の一ジャンルに数えられている。日本文学、外国文学を問わず、文学の最も初期のかたちのひとつと見てよいだろう。初期のかたちという以上に、人がものを書くという行為の原初的なもので、文学という概念以前のものといってよいかもしれない。英語では、Diaryという表現の他にPersonal journalという表現もなされる。とある。(全文引用)

日記を書くことの意味?目的?あなたはどう言う意識で書いていますか?己の生きざまである記録ですか?ストレス解消ですか?

日記と言うからには毎日書くと言うことですよね。毎日は書かなくても気が向いたときに書いてもいいですよね?でもそれって「日記」と言えないのでは?

日記(毎日書く)は苦痛ではないですか?上記百科事典で記載のように「日々の出来事を記した記録」と定義するならば、起床時から時系列的に記載していけば良いことになります。起床は何時、朝食は何時、会社に行って仕事して・・・・と言った内容は世界中の人の行動パターンで「ブログ」で公開しても見向きもされないでしょう。

そもそも「日記」をブログと言うノートを使用して第三者に読ませること自体が驚きです。

日記の人気ランキング!上位にランクする日記の内容を見ても・・・・

昨夜10時頃、愛する妻とHしました。その時思いました。何故人間は、他の動物と違って交尾期が無いのだろう?と言うたぐいの日記を公開すれば、人気UP??

ともあれ「日記」は、義務感が先に立っては苦痛である。


2007.01.01

2007年末に未達成で終わる目標?  皆様新年明けましておめでとうございます。
2007年の岩魚太郎の目標です。
1.Home Page【岩魚と山女魚が釣れるHome Page】を充実させる。
現在秋田県の一部の渓流をご紹介していますが東北6県の私が入渓した渓流をすべてご紹介したい。1ヶ月に1県の目標。秋田県1月末・青森県2月末・岩手県3月末・宮城県4月末・山形県5月末福島県6月末。で頑張ります。


2.【岩魚と山女魚が釣れるHome Page】に東北6県の観光地と温泉の融合とリンク。東北6県1県1ヶ月のペースにて作成。


3.エッセイ:「ちょっとHな人類学」と言う素朴な疑問に挑戦。地球の命を育む動物は、私達の一般的な常識としては、  人以外の動物のほとんどが「交尾期」というサイクルを維持して種の命の継承を維持しています。私達人間だけが何故自由にHが出来るのか?その疑問に挑戦する。目標:2007年12月31日午前0時迄??果たして目標達成なるか?


4.【渓流の夢尚子】彼は無口である。そんな彼が、渓流釣りの話になると多弁になり、その醍醐味を熱く語った。そんな

 彼の話をいつもの店のいつもの席に、彼と並んでカクテルグラスを手に尚子は黙って聞いていた。尚子35歳、東日電機(株)の秘書課に勤務していた。小説:渓流に展開するラブロマンサスペンス。その秘密を知っているのは岩魚?完成目標未定??


5.【東北漁港めぐりの旅】I love東北の一環として1ケ月に渡って漁港を取材、漁港の場所、水揚げされる魚の種類、観

光等のご紹介です。旅の醍醐味は「食」。その漁港で上がった鮮魚の味、その味を体感してください。と言った内容のHome Pageを制作予定。予定は未定だが、取材資料が腐ってカビ??デジタルだからそれはないかも知れないが気が焦って予定は未定??残念なり!!


 

2006.12.24

私のアウトドアはシーズンオフですので雑感です。

Christmas eve(聖夜)(きよしこの夜・・・)

お父さんとお母さん、そして子供達、家族団らんのクリスマスイブ、チキンとケーキとワイン、そしてサンタクロースの贈り物・・・幸せだと思いますが・・・・?12月23日の日記にも記載しましたが、何故12月24日だけしクリスチャンなのですか?Christmas eve(聖夜)と言えばイエスキリストが誕生する前夜、12月24日と25日の意味を子供達に教えていますか?

今日午後6時頃近所のスーパに買い物に行きました。何と驚きです。今夜食べるであろうローストチキンのラベルの貼ったハッポースチロール箱が山積みになっていました。その箱の中味を引き取るために、引換券を片手に行列になっている女性達・・・クリスマスの料理もおせち料理も、予約して引換券持参で食卓に並べるだけになったのですかね??

このような内容の雑感で、女性のPR商品を冒頭に並べるのも非常識?でも母親の女性としての美しさはお子さんの自慢です。


 

2006.12.23

今日は土曜日イブの前夜祭?素朴な疑問?

1月1日からのお正月は神仏混合、赤ん坊のお宮参りは神社、七五三も神社、8月のお盆は仏教徒、結婚式はキリストと神社、12月24日はキリスト教徒、死んだら仏教!日本人の宗教は???

まだ間に合います

「岩魚と山女魚が釣れるHome Page

東北の観光データは I Love東北

棟方志功インターネット美術館


 

2006.12.22

今年の忘年会もほぼ今日で終了。来る12月24日(日)はChristmas eve(聖夜)。ザックリ言ってイエスキリストの誕生日らしい(本当の誕生日は15日?)。このようなことを言うと、クリスチャンにお叱りをうけるかも知れないが、イエスキリスト=神。もし全能の神の存在を信じると仮定すれば、イエスキリストより全能の神は偉い???

全能の神」の私流定義は「天地創造の神」

クリスマスの贈り物

岩魚と山女魚が釣れるHome Page

東北の観光データは I Love東北

棟方志功インターネット美術館


 

2006.12.03
11月11日に私のHome Page「岩魚と山女魚が釣れるHome Page」をUPしてから約21日、UPしたときの不具合の修正等多々ありましたが、皆様のおかげで1000回のアクセスを越えました。
検索サイトの「Google」で、「岩魚 山女魚」と検索すると、上位に表示されるようになって、お陰様でアクセスが増えたのだと思います。ある程度のアクセスUPが、当面の目標だったのですが、次の目標は「岩魚」という単語で上位表示を勝ち取ることと併せて、勿論渓流釣りという内容で中味を充実させるのは勿論ですが、併せてアウトドアと云う広いジャンルで、渓流釣り30年の経験を生かし、少しでも皆様のご参考になる内容で中味の構築を図って参りますので、再度のご訪問をよろしくお願いいたします。


 




 

2006.01.14

【代理店】

1月14日(土)は、株式会社サンウエストの代理店になるべく、本社のある東京は国技館のある総武線の駅「両国」まで行ってきた。商材は健康に関する「サプリメント・電解還元水・等々」家庭に使用する商材の販売をしている企業である。

是非「代理店」になりたいと思っているが、商品の販売に関する知識「ゼロ」の私にとって違う世界をかいま見た感じがする。

しかし私の経歴である「物作り」の原点は同じである。

私は、弱電機器メーカの下請けを30年にわたっての経験があるが、株式会社サンウエストの商材を販売することと、弱電機器のハードを製造する物作りの「心」と、原点は同じだということを知らされた。

それは、買う側(発注する側)に販売する商材(製品作り)は、お客様に満足して頂く言うことであるとの認識である。スーパの100円バナナであっても、100円を投じて120円の価値観(満足度)が商材に含んでいる商品であるべきだと言う事を感じた。

新年度ということもあってか、 C..(最高経営責任者)西村公統氏 講演も拝聴したが経営理念と言う観点から、株式会社サンウエスト社是の主題も理解した。一部講演の中身で私とは意見の違うこともあったが、さすがと言える内容であった。

 私は誕生日がくれば69歳である。

1月10日(火)読売の朝刊「編集手帳」の引用である。一昨年98歳で死去した俳優、島田正吾さんが傘寿(さんじゅ)を迎えたときに詠んだ句がある。「八十は老(おい)い序の口冬若葉」誰しもそうありたい。私もそうでありたいと願っている。

私の、68歳以降の人生の価値観は、生き甲斐を見つける事にある。株式会社サンウエストの商材を販売することによって、生きることの価値観を見いだせたらと思う。

http://www.sunwest.co.jp/


 

2006.01.11
【豪雪】
この冬は異常現象と言ってもいい「豪雪」である。気象のことは門外漢で素人の私には何が原因で「豪雪」となるのかは、テレビの気象予報士の解説を信じるほか無い。偏西風が例年より異なって蛇行していて北極の寒気団が日本列島を覆っている・・・等の解説だが、何故例年に異なった蛇行をしているのか?何故日本海の温度があがっているのか?その何故何故がもっと見ている側に解るよう解説して頂きたいものである。
物作りの作業工程で不良が発生した場合、何故何故を5回繰り返せと教えられてきた。真の再発防止策を実施するには、真の原因が解明出来なければ又事故は繰り返される。
日本の社会全体に真の再発防止をする気構えを欠落しつつある。
JRの事故・欠陥マンションやホテル・NHK問題等、数えあげればきりがない。問題を起こした組織の長は、いつも責任問題が報じられる。しかし、TOPが交代したからと言って真の再発防止が実施出来ない。問題の真因を追求できないからである。
日本の国家財政は破綻している。小泉政権で初めて国債の行額を、30兆円を切ったと威張っている。行政改革を実施することに意義強調して、真の行政改革はほど遠い。
何故何故を5回繰り返していない。真の原因が解っているのかと言いたい。
欠陥マンション問題もしかり。行政が真因をつかみ再発防止に着手すべきだが偽装を見抜けなかった責任のなすりあいである。
NHKもまだ再発防止の具体策は見えてこない。NHK問題を討議する国会の委員会でもお粗末内容である。従ってわたし事椿三十朗は、まだ料金不払い運動を続けている。ささやかな抵抗である。


 

2006.01.10

【生きる】

1月10日(火)読売の朝刊「編集手帳」の引用。一昨年98歳で死去した俳優、島田正吾さんが傘寿(さんじゅ)を迎えたときに詠んだ句がある。「八十は(おい)い序の口冬若葉」誰しもそうありたい(以下省略)と記載されていた。

スキー界の草分け三浦敬三さん(101歳)の訃報も報じられた。

このように元気で活躍されて訃報が記事になる老人はほんの一部の特殊な状況に置かれている人たちといえよう。老いても活躍する場があり、活躍することの出来る経済状況にあることである。活躍する場と生活に心配のない経済状態に置かれたからと言って「冬若葉」という状態の生活は出来ないかも知れないが、少なくとも「冬若葉」という状態を維持するには、最低限経済的に心配の無い状況に置かれなければならない。

一部のお金持ちや、大手企業及び役所の定年退職者はよい。国民年金・厚生年金・企業年金の三つの年金を貰えるからである。しかし中小企業に働いている者にとっては、会社が「企業年金」に加入していない場合が多い。国民年金・厚生年金だけでは「冬若葉」の生活は出来ない。食の心配をしなければならないからである。

人口の減少が始まり益々老人の比率が多い日本国になる。国費の歳出も老人向け予算が益々削られてくる。生産性の喪失した老人は何処に行けば良いのだろうか?

俗に言う「老人」の定義とは?子供を作る能力が喪失した人々なのかも知れない。我が日本国は益々老人にとっては住みづらい国になっていくようだ。


 

2006.01.07
【ビジネス・営業戦略】
YEDの新製品に関する営業戦略。
成型品の金型を含む見積もりの引き合いがあった。5機種で金型の金額一機種推定300万円5機種で約1.500万円の引き合いであった。成型品での金型の価額では高い金額ではないが、それでも仕事では一線を辞した私に対して引き合いがあったと言う事は用喜ばしいことである。なぜ喜ばしいかと言うと、社会の動きから自分が点と線でつながっているということである。この事実からは脱却して余生の過ごし方を見つけるとよいのだが、まだ脱却しきれないでいる。

娘婿の父親が、会社の社長を引退して、新たに会社の社長を引き受けて月収200万円との話である。それに引き替え私は年金+月収10万円、この10万円もいつまで続くかわからない。月収200万円!極貧の年金暮らしの私にとっては誠に羨ましい話である。その羨ましい感情を脱却しなければならないのだが、脱却しきれないところが悲しい。誕生日が来れば私は69歳を迎える。月収200万円のご本人も私と同じ歳である。今後の人生をどのように生きるべきかを迷っている2006年の新年である。


 

2006.01.05

【初売り絶好調】

大手百貨店各社が四日明らかにした二、三日の「初売り」状況によると、二日間の売上高が前年に比べ二けた増を記録する店もあるなど総じて好調だった。と朝日新聞が伝えていた。各メデイアの報道も株価も含めて好景気であることの論調であった。

 5日はお得意様へ新年の挨拶回りに出かけた。お得意様といっても第一線を離脱した私を相手にしてくれるお得意様は、私にとってかろうじて経済社会に接点を持たせて頂いている大切なお客様である。私は弱電関係の仕事をしているが、お得意様の話題の中で、好景気と言われる業種は何なんだろうと言う事が話題になった。

ライブドアはフジテレビ・楽天はTBS・という問題が話題になって、六本木ヒルズ族の好景気はわかるが、我々弱電業界は間違っても好景気だとは言えない状況である。

ライブドアのコールセンターは中国で、日本人社員を時給280円雇用しているそうである。それでも中国大卒の1.5倍〜2倍の給料との事、1月5日朝刊の記事である。

対中国と日本経済の端的な比較である。

経済界は1月5日賀詞交換をおこなったと言う報道があったが、全体的に好景気が継続するであろうというコメントであった。

日本の製造業の97%は中小企業である。大手企業の社員は昨年の年末ボーナスは史上最高、初売りの販売額二けた増を記録・・・中小企業の春は今まだ遠い。


 2006.01.04
【箱根駅伝に思う】
「亜大が史上最大の大逆転初V!/箱根駅伝」(gooニュースのタイトルを引用)そのニュースはご存じのごとく全国へ流れた。毎年の箱根駅伝は正月恒例の行事である。楽しみにテレビをご覧になった方も多くいらっしゃる事でしょう。
スポーツは、勝者も敗者も含めて当事者は勿論のこと、観戦している側にも感動を与えてくれる。勝者はより以上に強者に、敗者は今度こそは勝者に、観戦している側はより以上感動を求め、三者一体になってスポーツ形成されている。
オリンピックの歴史は古代ギリシヤにはじまっている事は多くの人々が周知している。調べたところ、古代ギリシヤ人がオリンピア祭に催した運動・詩・音楽などの競技は、紀元前776年から紀元393年まで、4年ごとに開催されているらしい。
運動・詩・音楽の祭典が、何故運動(スポーツ)だけがオリンピックとして現在まで継承されているのかその理由は不明であるが、勝者・敗者・観客・その三者一体の感動が理由かも知れない。
感動」とは、生きている人間にとってどういう意味があるのでろあう?
スポーツだけではなく、人間社会には命を育む過程のなかで、様々な感動がある。命が誕生した時点から命は終焉が待っている。その事は何人も避けては通れない。その間、「感動」と言う心の高揚は、どういう役割を及ぼすのか?と言うことを、次回に考えてみたい。


 

2006.01.03

【ブログに思う】

 私のブログのタイトルは「独り言」である。

広辞苑で見ると(相手なしに、ひとりでものを言うこと。また、そのことば)とある。しかし私の「ブログ」への書き込みは、多数のブログ人の皆様を意識した「独り言」である。厳密には「独り言」と言えないかも知れない。大勢の人に声を上げて呼びかけているのかも知れない。

ブログの本来の目的は、ブログのページを見た人が感想を自由に書き込める、掲示板のようなサービスを提供ししている「コミュニケーション」の場と理解している。

そのような場所への書き込みを行うことは、私はこのような問題をこのように理解している。皆様の考えはどうですか?と、問いかけているのかも知りません。「独り言」で問いかけて、「コミュニケーション」の行われない状況でも、書き込みを続けているのが現状です。「コミュニケーション」の行われないこの書き込みに何の意味があるのか自問自答をしてみると、書き込みを行うことに意味があるのです。

本来の日記は、第三者に閲覧させるものでは無いはずですが、匿名で記載出来、本音で意志を表現出来るのが魅力である。

アクセス数が表示されていますが、アクセス件数に迎合することなく、新年度も私の「独り言」を続けていきたいと思う。 


 

2006.01.01
【元旦】
平成17年の大晦日のテレビは、東京12チャンネルで11時30分からの生中継ベートーベーン「第九」の演奏を見ていた。偶然チャンネルをプッシュしていたときに演奏していた。NHKの紅白という番組は、私にとって死語となっていたのでそのまま継続して「第九」を見(聴いて)ていた。ところが12時55分近くになって「第九」の演奏終了が00時00分ぴったりに終了する計画であることをその画面から知らされた私は、胸の鼓動を押さえながらどきどきして画面に見いいっていた。
「第九」の演奏は見事「00時00分」に終了した。
感激であった。
感激を覚えた理由は「第九」の演奏が「00時00分」に終了したことであると思うのだが、私のなかでは不透明で釈然としないものがあった。
「第九」の演奏を見ながら年越し時間の一線を越えたのが初めての体験であり、感激を覚えたのも事実である。が?なぜか心のそこからの感激感は無い。それも歳のせいであり精神年齢も老いているのかも知れない。寂しいかぎりである。
年末になると「第九」の演奏が催されていることが多くなるが、第九=年末の因果関係を誰か教えてほしいものである。漠然とであるが、第九の楽章にかの有名な「歓喜の歌」があるが、そのことと関係があるのかもしれない。
私の2006年1月1日00時01分はそういった状況で始まった。


 

2005.12.31
【大晦日】
「創作おせち料理」、私の作る年末の料理を私はこのように名付けていた。
我が家ではおせち料理を作るのが私の役目であった。「あった」と言う過去形の言葉を使うのは昨年から作らなくなったからである。その理由は後記していますが、会社勤務をしている時代は、忙しさを理由に家庭サービスに不義理をして悪評をかっていたが、唯一自慢できることは、「おせち料理」を毎年かがさず30年間作り続けたことである。私が妻から離婚されずにすんだのは毎年「おせち料理」を作り続けたからだと言っても過言ではないと思っている。私が作っていた「創作おせち」は毎年約20種類、魚と蒲鉾を除いてはすべて手作りである。予算は3万円〜4万円程度。
スケジュールを紹介しよう。
@12月28日 創作おせちのメニユー決定
A12月29日 買い出し・黒豆・栗きんとん・類は下準備
B12月30日 日持ちする料理を作り始める(焼き豚・ローストビーフ等)
C12月31日 早朝5時起床、創作おせちに挑戦 午後10時頃終了 料理の盛りつけ開始 年越しそばの準備 除夜の鐘を聞きながらそばを食べる。
D1月1日 11時頃起床 雑煮を作る 
12月29日から元旦の朝食が終わるまで、料理を出して洗い物をして、一切妻はノータッチで、妻の仕事は掃除と食べるだけという4日が終わる。
30年間続けていた私の唯一自慢出来るこの行事が、一作年の二月、私が脳梗塞で倒れてから途絶えてしまった。脳梗塞といっても手足の不自由はなく、言語障害である。
今では通常に復帰したが、創作おせちの制作を止められたのはそれ以来である。4日間にわたってのおせち料理作りは大変だが、疲れることを理由に私のおせち作りは禁止された。しかし、私の唯一の自慢できる「創作おせち」を、2006年の年末には復活したいと思う。2005年の大晦日・・・私の大好きな「西村由紀江」のピアノの曲を聴きながらこの日記終わることにした。


 

2005.12.30

掃除】

押し詰まって年末の平成17年12月30日である。

我が家の構成は、愛する妻と嫁にいきそびれた長女と私、嫁に行った次女を除いて3人である。次女夫婦は24日よりタイに行っている。タイのどこが気に入ったのか年に4回〜6回タイに行っている。海外旅行とは言えばタイ、観光旅行もしなくて、日本の日常生活をタイに置き換えて数週間を過ごしているらしい。

それに引き替え我が家では、年末を迎えたら大掃除が定番の行事だが、妻と嫁にいきそびれた長女とで、大掃除ならぬ小掃除を、口角泡を飛ばしながらやっている。

私はと言うと、2台のパソコンの前に座り、HDDの大掃除を実施している。データの振り分けを行い余分なデータを削除し、HDDの最適化を図るのも時間がかかって大変である。そこへ妻と長女の言葉が飛んでくる。

「いつまでもパソコンの前に座っているの!すこしは掃除を手伝ってよ!」

平和である。来る年も我が家が平和であってほしいと願いつつ、小掃除を手伝うべくパソコンの前から離れる。


2005.12.29

【小泉政権に思う】

12月29日テレビチャンネル10で、年末拡大3時間45分スペシャルワイドショー「小泉純一郎の研究」と言うテーマで放送された。ご覧になった方も数多くいらっしゃると思いますが、出席した著名なゲストの方の見解は、今回の総選挙で圧倒的多数で自民党が勝利したにもかかわらず、過去の実績評価は、概してさめた論評であった。

マスコミの造語である「小泉劇場」、「純ちゃん族」に支えられ現在も国民の支持率は高い。「改革」を錦の御旗として掲げた割には、行政改革・道路改革・拉致問題・郵政問題・等この諸問題に手をつけたのは認めるが、入口の扉を開けたにすぎない。

このテレビ番組で取材を受けた某映画監督の言葉ある。

「改革改革といゅんやったら、首相を辞めないで、改革の成果があるまでずーと首相を続けたらえーのとちがいまっか、門を開けてみたものの、真の改革の能力はあらへんさかい後継者に後は引き継ぐといわはるのとちがいまっか??」

と言う趣旨の発言をしていた。

私はこの意見に同感である。少なくともあと一期(4年)改革を推進しては如何?しかし彼は続ける意志はないであろう。彼には、改革と言う門を開ける能力はあっても、真の改革を断行する能力は無い。

 


 

2005.12.28
【悪に対する善の原則】
連日報道されている欠陥マンションとホテル、被害者にはお気の毒の一言に尽きるが、その原因はそれぞれこの仕事に従事した人の「心」にあると思う。工事を実施する現場監督も、一目見れば鉄筋が異常に少ないことは判断出来たはず?とその道のコメンテーターは話していた。その現場監督が「異常」と感じたとしても、施工会社の社員である。自分にとっては会社に指示された仕事を、施工図通り忠実にこなせばよい?と思っても不思議ではない。三菱自動車の欠陥車・雪印乳業の牛肉問題等々、会社ぐるみの組織的犯罪であると同時に、その中で働く「人」の「心」の問題でもある。
人間が本来持っている「心」には「孟子の性善説」と「荀子の性悪説」とがあると言われているが、その「善と悪」とを併用して持っているのが人の「心」であると思う。
しかし、その「悪」を持った心に対立して戦うことが可能なのは「善」の心である。そのことは私の中では【悪に対する善の原則】と意識している。
人間には「悪」の心がある。その悪に対して猛然と戦っていくのが「善」である。戦う「善」は正義である。今なおそのことで庶民の共感を得ているのはご存じテレビでお馴染みの「水戸黄門」である。
今回のマンション・ホテルの問題にしても、そのことに関係している人間に【悪に対する善の原則】という悪と戦う善の心が欠如していると言える。政治・経済・社会・全体に戦う善の心が喪失している。嘆かわしいことである。


2005.12.27

【二千六百円の贅沢】

月に一度のお得意様の営業活動です。企業戦士離脱して5年、神奈川県海老名市にある2社に月一で訪問しています。年末の挨拶で訪問したのですが、月間200万程度の見積もりを頂きました。有り難いことです。今回はこの営業成績の話ではありません。

小生の居住地は埼玉県上尾市、交通手段としては、湘南直通線で上尾→新宿(JR)→海老名(小田急)の往復である。上尾→新宿間でグリーン料金¥750円、新宿→海老名間でロマンスカー特急料金¥550円、グリーン料金と特急料金の往復料金が【二千六百円】である。通常会社に勤務している時はグリーン料金及び特急料金等の交通費は貰えない。従ってラッシュアワー時も普通車両である。会社を離脱して唯一の楽しみは、お得意様に月一でも営業に出向く自己の価値観と、グリーン車両と特急車両に乗車して、ビールを飲んでちょっぴりリッチな気分になることである。

月一での唯一の仕事である私の営業行動を【二千六百円の贅沢】と名付けて、楽しんでいる。なんと侘びしい生活感であろうか?

侘びしさを禁じ得ない。


 

2005.12.26
特急が脱線転覆 3人死亡、車内になお1人 JR羽越線
25日午後7時20分ごろ、山形県庄内町のJR羽越線砂越(さごし)―北余目(きたあまるめ)駅間で、秋田発新潟行き特急電車「いなほ14号」(6両編成)が脱線した。(gooニュースより以下省略)
という内容のニュースが流れた。尼崎JR西日本の事故が思い出させる。尼崎の事故とは事故原因が相違するようだが、事故に遭遇して命を落とされた方には心からご冥福をお祈り申し上げます。
しかし、事故に遭遇すると事前にとわかっていて事故が発生する現場に出向く人はいない。事故は人災であっても天災であっても、予期せぬ現象でありしかも尼崎の事故も今回の事故も、あらゆる事故が命を落とす人と奇跡的に助かる人との一線が引かれる。阪神大震災でも上越地震でもスマタラ沖の地震でも人為的なテロでもそうである。
自分の意志とは無関係に「死と生」が選択される。即死する人、瀕死の重傷を負って助かる人と助からない人・・・その道を選択させるものは何なんだろう???と考えさせられる。それが「運命」という人も多くいる。
「運命」という言葉を広辞苑で引いてみた。(人間の意志にかかわりなく、身の上にめぐって来る吉凶禍福。それをもたらす人間の力を超えた作用。人生は天の命によって支配されているという思想に基づく)とある。
人は命を持った時から死に向かって歩み始めているといえます。人も動物もあらゆる命を育む生き物は、死という終焉に向かって生きていると思うのです。
しかし事故に遭遇して死を迎えた人々は、天寿をまっとうする間に感じるであろう喜怒哀楽と、人を愛することの喜びを強制的に奪うことにもなるのです。
人の「死」・・・事故に遭遇しての死・病死・老衰・命を育むあらゆる生き物も、いずれ命の鼓動が止まる時を迎える。神を思し召し?運命?

 


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